【レビュー】新作能〈媽祖(まそ)〉(記・高桑いづみ)

海の守り神である台湾の女神、媽祖の物語を上代の日本に設定し、古典の手法に則りながら随所に新工夫をもりこんだ意欲的な舞台。コトバを多用してノリよく進む。なかでも、地謡が揃ってコトバを力強く朗唱するところに太鼓が加わって大ノリ謡に転じるなど、音楽面での工夫が斬新で、一管「津島」をベースに新作した舞では、シテ方と狂言方が相舞を見せる。

まず照明を落とした舞台に後見がガラス製の五輪塔(小田原文化財団所蔵、杉本博司作品、『光学硝子五輪塔』)を持ち出し、正先に置く。五輪塔にスポットがあたって煌めく中、お調べ。照明が明るくなると、邯鄲男をかけ、白垂に狩衣・指貫姿の住吉明神(野村萬斎)が、狂言小歌風にユリを交えて謡いながら登場。荒廃した世にあって、経文を納めた百万塔の流布を願う称徳帝と、亡き母に代わって母の愛をあまねく施そうとする黙娘を見守ると語って去る。

ワキ大伴家持(宝生欣哉)の登場は、〔次第〕「道行」と定型通り。筑紫へ百万塔を届ける船出にあたって巫女の黙娘に神楽をあげさせることになり、〔一声〕の囃子で黙娘(片山九郎右衛門)ツレ目隠し(味方玄)・耳覆い(分林道治)が登場。シテは、浅葱の地にタンポポ、縦縞の上に桐を配した段替りの唐織を短めの壺折に着し、新作面「媽祖」をかける。やや上瞼がふくらみ、妖しさも秘めた美しい面(見市泰男氏作)。ツレ二人は直面に覆面。

コトバを知らぬ孤児として成長した黙娘とツレ二人の生い立ちをシテとワキがカケ合で、ついで百万塔に託す称徳帝の思いを地謡が[クリ・サシ]で謡う。物語の核心を謡う[クセ]はなく、ワキがシテに神楽を要請する場へと続く。[クリ・サシ・クセ]、一連の定型をいい意味で裏切った構成。シテは物着で白い長絹をまとい、鈴を付けた笹を手に祈りをささげ、〔神楽〕を舞う。〔神楽〕の笛は「津島」をアレンジした譜だが、ときおりラアラアと拍子不合で吹くユリが〔神楽〕のように聞こえる。シテは左袖を巻いて反返り、続いて右袖を巻いて同様に反返りをみせる。

(撮影 渡辺真也)

船出となり、赤の縁取りに紺地で覆った大きな船の作り物を出して舞台の対角線上に置く。一同が乗り込むと、船旅の経路は[ロンギ]で。ひとり船の中で立ちつくすシテは亡き母に向かって手をあわせて祈り、奈良の都を思ってワキと共にワキ座(奈良の方向か)を見つめる。アイ津守(茂山逸平)に舟歌を歌わせるのどけさから一転し、囃子が烈しく打ちだして(波頭を流用)海が荒れる中、「目隠し」は船より飛び降りて波に揉まれるように小回りをくり返し、流レ足で橋掛リへ。「耳覆い」も続くと、シテも唐織を脱いで緋の水衣姿となって飛び降り、橋掛リへ。ツレ二人を連れてシテは中入り。無事博多に着いたところでアイ津守(茂山逸平)の語り。黙娘は「天に向ひ一祈りし、その身は赤き光を放ち」祈りの力を発揮して船を守り、昇天したと語る。

(撮影 渡辺真也)

アイの退場後、舞台には一畳台の上に宮の作り物。〔一声〕の囃子で後シテ(黙娘昇天して媽祖)がツレ千里眼(前場は目隠し)・順風耳(同耳覆い)を引き連れて登場。シテは朱地に金糸で唐花を織り込んだ舞衣に天冠を着した女神の姿。ツレ千里眼の面は青き角顰を新調。ツレと船を救った話を仕方を交えてするところで〔出端〕の囃子となり、宮の作り物より住吉明神(後は直面)登場。

明神は黙娘の行為をたたえて海の守り神媽祖となれと宣言し、ワキに百万塔になぞらえた五輪塔を渡したあと、シテと向き合って相舞。低音域の呂と・高音域の干をくりかえす一管「津島」を四拍子用に拍子合にアレンジした譜は、神楽のような楽のような不思議なノリ。明神がシテの肩に手を載せて二人で同時に拍子を踏む「二人静」風の型も息があう。しばし相舞したあとはシテ一人で舞い、〔急ノ舞〕に転じてツレ二人が相舞。舞のあと、明神は両手を大きく広げて平和への願いを示し、橋掛リへ去るシテとシテ柱越しに心を通わせる。最後は明神が残って常座でトメ。

(撮影 渡辺真也)

既存の型や定型を使いながら新たに工夫した演出をほどよく織り込んで融合させた構成で、場面転換もスムーズに進み、おもしろかった。

(東京文化財研究所名誉研究員)

【2022年4月2日 新作能「媽祖」(企画・指揮・シテ/片山九郎右衛門、原作・台本/玉岡かおる)京都観世会館】