曲の解釈と謡い方【三、三番目物】(9)

① 大小序ノ舞の女性夢幻曲
〈東北、井筒、野宮、半蔀、夕顔、仏原、采女、楊貴妃、二人静、江口、定家、芭蕉、源氏供養(身延、梅)〉

〈二人静〉

この曲の構成は全然異常である。いわゆる両シテの見本のような曲であるが、ツレは現在人の菜摘(なつ)み女で、後に静御前(しずかごぜん)の霊が乗り移って静(しずか)の形見(かたみ)の衣裳(いしょう)を着けて舞をまうと、そこへ夢幻人の静の霊が現れて一緒に同じ舞をまうというのだから、寸分(すんぶん)違(たが)わぬ型を演じながら、一方は霊の乗り移った生きた人間、他方はほんとうの幽霊という趣(おもむき)を演じ分けなければならない。謡だけではさほどのこともないが、能としては、なまやさしいシテやツレではとうてい演ぜられない。先代宝生九郎(ほうしょうくろう)はそれでこの曲を廃曲にしたと聞いている。

雪まだ残る早春(そうしゅん)の吉野山に、人も知る義経(よしつね)の愛妾(あいしょう)、白拍子(しらびょうし)静の霊が現れて、生きた人間に乗り移った幻影(げんえい)とともに二人の静の姿となって舞をまうというのであるから、能はむろんのこと、素謡でもよくその幻想に酔って謡わねばならない。