#インタビュー

梅若実 改メ 梅若桜雪師インタビュー

4月に梅若実師が、観世宗家より雪号(せつごう)と老分(ろうぶん)の称を授与された。雪号は昨年の故野村幻雪師以来、12人目になる。また、老分の称は2009年に故片山幽雪師が授与されて以来、2人目。老分は24世観世元滋(もとしげ)宗家が職分の中で、特に秀でた者に、従来の職制とは分け、「老分」とする考えを示し、現宗家が初めて老分の称を授与している。

雪号と老分の称を授与された梅若実改メ桜雪(ろうせつ)師に話をうかがった。

─このたびは、おめでとうございます。今のお気持ちをお聞かせください。

桜雪:ありがとうございます。御家元より雪号と老分授与のご連絡をいただいた時は、あまりに突然で思いもよらないことでしたから、大変驚きました。「わたくしなどがよろしいのでしょうか」とお尋ねしましたら、「どうぞ」と仰るので、大変光栄なことですから、お受けすることに致しました。

─まずは雪号についてお伺いします。「雪」の前につける字はご自身で自由に決められるとうかがっておりますが、「桜」になさった理由と、「おう」ではなく、「ろう」と読ませることについてもお聞かせください。

桜雪:「雪」の上につける字はすぐに「桜」という字が思い浮かびました。私はもともと桜の木がとても好きなんです。叔父の家にあった桜の木を自分のところへ移植したくらい好きでして…。華やかに、そしていつまでも若々しくいられるように、「桜」とつけさせていただくことにいたしました。

読み方については、「桜雪」は、「おうせつ」と読むのが普通ですけど、その音の響きが柔らか過ぎるのがどうも気になりました。「ろうせつ」という響きがいいと思って、「楼」という字にすることも考えたのですが、やっぱり「桜」が諦めきれませんでした(笑)。それで、「桜雪」と書いて、「ろうせつ」と読ませていただくことにして、御家元にも御了解をいただきました。

─老分についてはいかがでしょうか。

桜雪:今まで私は生涯、一弟子、一職分として過ごしていくと思っていました。ですから、老分の称につきましては、とても私のような者には荷が重く、お役は務められないと思いました。

雪号は自分の名前ですし、すべて自分の責任になるわけですけど、老分のほうは流儀に関わります。御家元が「流儀のためにお願いいたします」と仰ってくださいましたし、父(55世六郎)が以前、御先代(25世観世元正宗家)に、「生涯、流儀に尽くします。何かあったら仰って下さい」とよく話していたことを思い出しました。

少し荷が重いと思いましたが、流儀のためですし、梅若の家にこのような人もいた、ということがあっても良いのかな、と思って腹を決めました。

私のほかにも大勢先輩方がいらっしゃいますし、大変僭越ではございますが、少しでもお役に立てるならば、と思いまして、お引き受けすることにしました。

─今後、桜雪先生はご自身として、やっておきたい、伝えておきたいということがございますか。

桜雪:今、足を治療中ということもあって舞台では地謡を謡わせていただくことが多いですが、能というのは謡が基本なんですね。これをきちんと伝えていきたいと思っています。祖父(2世実)や父からも「謡が謡えなくてどうして能が舞えるんだ」「謡の稽古が足りない!」としょっちゅう言われていました。

この頃、ようやく謡を少し「つかめた」気がしています。まだ「わかった」わけではありませんが、もう少しでわかる、ところまで来ていると思っています。謡というのは稽古をすればするほど、わかってきますから。

歌舞伎でも、踊る人は大切ですけど、地方(じかた)さんがいないと成り立ちません。先代の芳村伊十郎(よしむらいじゅうろう)さんとか、清元延寿太夫(きよもとえんじゅだゆう)さんとか…。地方の名人がいらしたからこそ、いろいろな芸が生まれるのだと思います。謡は添え物ではありません。でも絶対にシテを邪魔しちゃいけません。それが難しいんです。シテが舞いやすいように謡うのが地謡だと、父も亡くなるまで話していました。

若い頃は謡うより、舞うほうが面白かったです。でも今は謡いたい、という気持ちのほうが大きいですね。舞がいくら良くても、謡が良くなかったら引き立ちません。自分が能を作り上げている気持ちで謡わないとダメなんです。そういう謡をちゃんと後輩たちに教えておきたいと思いますね。