【インタビュー】能オペラ「隅田川」の日本初演が3月に実現—パリ在住50年の作曲家・吉田進さん「『寡黙の芸術』を突き詰め、カーリュー・リヴァーとは全く異なる作品」

3月16日(土)に、能オペラ「隅田川」の日本初演があります。パリ在住の吉田進氏が作曲し、フランスでは20回以上にわたって上演されました。

能オペラ「隅田川」とはどういうものなのか、元朝日新聞記者の飯竹恒一氏による吉田氏のインタビューを掲載します。

(Noh+編集部)

オペラといっても壮大なオーケストラが登場するわけではない。日本古来の能楽に伝わる「隅田川」の世界を、打楽器4人と歌い手2人だけで、現代日本語に乗せてミニマルに突き詰めたのが、3月に日本初演があるパリ発の能オペラ「隅田川」だ。手がけた在仏50年の作曲家・吉田進さん(76)によると、同じ能の演目がベースの英語オペラ「カーリュー・リバー」とは、目指したものが全く異なるという。(聞き手・構成=元朝日新聞記者・飯竹恒一)

  稽古で指導に当たる作曲家の吉田進さん/撮影・飯竹恒一

──フランスで計22回の公演を重ね、仏音楽学者パスカル・テリアン氏が「21世紀屈指のオペラ」と評した能オペラ「隅田川」は、フランス政府委嘱で取り組まれました。木琴が繰り返す緩やかなテンポは、隅田川が人間の喜怒哀楽を静かに見守るかのようです。ただ、最初から「隅田川」ありきではなかったそうですね。

はい。もう20年も前のことです。打楽器奏者で、「リゾーム」という名前の打楽器4重奏団のリーダー、オリヴィエ・フィアールからオペラを書いてほしいという依頼がありました。カンペール国立文化会館の館長を当時務めていたミシェル・ロスタンに相談すると、予算の都合上、歌手は2人までにしてくれとのことでした。

そんな条件のもとで題材選びをする中、ふと思ったのは、日本の能楽に使う楽器は、笛を除くと小鼓、大鼓、太鼓と打楽器ばかりだという点です。そこで、楽器は打楽器だけというオペラにふさわしい能の演目を探そうと、200曲くらいの粗筋を読みました。その結果、観世元雅が15世紀に手がけた「隅田川」に心を奪われました。こちらから選んだというより、向こうが僕の魂をつかんだという感じでした。

人さらいに連れていかれた息子を探し歩く「狂女」が「渡し守」からその死を知らされるのが「隅田川」ですが、作曲に取り掛かる前、ミシェルの一人息子が急死しました。迷いましたが、「中止すれば運命に負けることになる」と計画通り、進めることになりました。ミシェルの心に届く作品が書けるのか、祈りながらの作曲となりました。

──パリ国立高等音楽院で現代音楽の巨匠、オリヴエ・メシアン氏(1908-1992)に師事されたことは、能オペラ「隅田川」の誕生とどのような関係があるのでしょうか。

メシアン先生からは「いわば現代の能のような、新しい形式のオペラを作曲するべきだ」と言っていただきました。僕自身がまだ、能そのものを見たことがない段階でした。その後、僕が次第に能の世界に魅せられていったことを考えると、まさに僕の個性を予見されていたわけです。つまり、できるだけ数の少ない音符で、最も効果的に表現しようとする僕の音楽と、「寡黙の芸術」である能との共通点を見抜かれていたのです。

──英国の作曲家であるベンジャミン・ブリテン(1913-1976)が、能の「隅田川」をもとに、「カーリュー・リヴァー」というオペラを作っています。

歌劇作曲家として知られるブリテンは、1956年に訪日した折に「隅田川」を観て、深い印象を受けました。西洋のオペラと全く異なる音楽劇に驚くと同時に、ホモセクシュアルである彼は、母親役が男性によって演じられている事実にも、心惹かれたのでしょう。能は武家社会で発展したわけですから、男が女を演じるわけです。1964年に初演された時、「カーリュー・リヴァー」の狂女役は、ブリテンの恋人の男性が受け持ちました。今日の日本は武家社会ではありませんから、能オペラ「隅田川」では、ごく自然にソプラノ歌手が登場します。

  稽古に臨む「狂女」役のソプラノ蔵野蘭子さん(中央)、打楽器奏者の東廉悟さん(奥左端)、青栁はる夏さん(奥右から2人目)、村上響子さん=いずれも2023年11月、神奈川県川崎市高津区の洗足学園音楽大学/撮影・飯竹恒一

──能オペラ「隅田川」は、私がカンペールで拝見したフランス初演も含め、フランスではカナダ人とアルゼンチン人の歌い手がそのまま日本語で歌ったことが話題を呼びました。しかし、「カーリュー・リヴァー」は英語の作品ですね。

「カーリュー・リヴァー」の台本は、謡曲を忠実に英訳したものではありません。全体の筋は同じですが、台詞の細かい部分は西洋文明に合わせて変えられています。僕は、なるべく観世元雅の原作に沿いながら、ただし現代の日本語に移して観客が理解出来るようにしました。僕が試みたのは、観世元雅が15世紀に物した謡曲を、現代の日本人の耳でどう聴き取るか、ということでした。「能オペラ」と称したのは、その為です。

──言葉と音楽の関係をどのようにお考えでしょうか?

言葉は音楽にとって大切なものです。オペラについても、ドイツ、フランス、イタリアのオペラがありますが、それぞれ言葉に根差したものです。僕のライフワークは、「日本語の美しい響きを音楽化する」ということですから、能オペラ「隅田川」も当然日本語の作品になり、西洋人歌手にそのまま日本語で歌ってもらったのです。自国語を音楽作品として表現できなければ、本当の作曲家とは言えないと思います。

──「カーリュー・リヴァー」は、日本の中世に生まれた能の「隅田川」を、西洋中世のキリスト教の宗教劇風に翻案したものだ、という指摘をよく聞きます。どういうことなのでしょう?

西洋のオペラの起源は、17世紀ルネッサンス期に、古代ギリシアの楽劇を再創造しようという試みから生まれたのですが、ブリテンは「カーリュー・リヴァー」で、それ以前の宗教劇に遡ろうとしたのです。そのため、能の原作と甚だしく異なった作品になりました。これは「教会オペラ」と呼ばれ、僧侶たちが奇跡劇を演じる、という想定になっています。狂女は「Mad Woman」(狂った女)とされ、女芸人的性格を持った能の「物狂い」ではないのです。子供の声が聞えて来るのは、神のなしたもうた奇跡の業であり、子供が母親に「天国で再び一緒になれる」と慰めることによって母親は正気に返り、最後は「アーメン」という歌声で閉じられます。

僕の場合は「能オペラ」と称しているように、「オペラ」でもあるのですが、これは西洋中世の宗教劇とは無関係で、能と同じく面を付けて演じられ、地謡に相当するコロス(コーラス)が登場する、古代ギリシャの楽劇をモデルにした、17世紀以来の歌劇の流れを汲んだものと言えるでしょう。

僕は能楽という演劇は、仏教及びシャーマニスムと密接な関係があると考えています。渡し守に勧められた狂女が、一同と「南無阿弥陀仏」と繰り返し、「隅田川原の波風も声立て添へて」「名にし負はば都鳥も音を添へて」と神懸かりになって祈ると、梅若丸の霊が出現するのです。僕は自分の「隅田川」の中で、日本文化の根幹に係るこの点は、しっかり押さえておきたいと思いました。

このように、同じ能を題材にしても、「カーリュー・リヴァー」と能オペラ「隅田川」では、全く異なる作品になっているのです。

「能オペラ『隅田川』」(フランス公演)より。「狂女」役のカレン・ウィエルズバさん(カナダ人)=右=と「渡し守」役のアルマンド・ノゲラさん(アルゼンチン人) /撮影:キャロリヌ・アブラン ©Caroline Ablain

能オペラ「隅田川」は3月16日午後4時半、神奈川県川崎市の洗足学園音楽大学シルバーマウンテンで上演される(コンサート形式)。詳細は同学園サイト(https://www.senzoku-concert.jp/concert/2952/)、問い合わせは日本初演実行委員会(operasumidagawa@gmail.com)へ。

【吉田進さん略歴】 作曲家。1947年、東京に生まれる。1970年、慶應義塾大学経済学部卒業後、1972年、渡仏。パリ国立高等音楽院でオリヴィエ・メシアン氏に師事。パリ在住。5年がかりでフルオーケストラのオペラ「地獄変」(芥川龍之介原作)を完成したところだという。

【関連リンク】

①(コラム)パリ発・能オペラ「隅田川」、3月に日本初演(時事通信社Janet掲載):https://note.com/streetside_cafe/n/n4d6f842226e2

②能オペラ「隅田川」好評 フランス公演 (朝日新聞掲載):https://www.asahi.com/showbiz/stage/koten/TKY200811280213.html

③ 日本初演パンフ: https://bit.ly/3unmfYV