① 大小序ノ舞の女性夢幻曲
〈東北、井筒、野宮、半蔀、夕顔、仏原、采女、楊貴妃、二人静、江口、定家、芭蕉、源氏供養(身延、梅)〉
〈野宮〉
この曲と〈井筒〉とは姉妹曲といわれるほどに景趣も構成もよく似ているが、細かく見ると、女主人公の性格からくる曲趣の差はかなり大きい。
源氏物語に描かれた六条の御息所という人は、前の東宮妃という高貴な身分である。未亡人となってから光源氏と契ったが、その間はとかく途絶えがちであり、殊に御息所の生霊が源氏の正妻葵上に祟りをなすということがあってからますます疎遠になった。たまたま御息所の女児が伊勢の斎宮に任ぜられたので、世をはかなんだ御息所は自分もともに伊勢へ下ることを決意し、それに先立って潔斎のために嵯峨野の野の宮にこもっていると、さすがに無下にも捨てかねた源氏の君が訪れてくる。それは秋深き長月(九月)七日のことであった。
失意の人御息所にとって、この愛人の来訪がいかに嬉しい思い出であったかは想像にかたくない。星霜幾百年、同じ日の長月七日に野の宮の古跡を訪ねた旅僧の前に御息所の霊が現れるのは、能の世界では最も自然な現象である。
この前場は〈井筒〉の前場に酷似しているが、女主人公の性格から恋の内容が全く違うから情趣は決して同じでない。御息所という女性は淑やかで高雅ではあるが、とり澄まして親しみがたいところがあり、また嫉妬のためには生霊となるといった激しさもある。本曲が描いたのは、そうした性格の女性の、もはや根も尽き我も折れた寂しい心境であり、年も三十というかなりの年増である。能では〈井筒〉と同じく若女の面に紅入唐織という姿ではあるが、〈井筒〉との人柄の相違は装束の色合から模様を変えることによって表現される。
