国立能楽堂では、「能楽三役研修生」を3年おきに募集しています。研修生とは、6年間の研修、つまり〝修行〟を経て、プロの能楽師を目指す人のこと。三役とは、能の主人公をつとめるシテ方以外の、ワキ方・囃子方・狂言方のことです。
現在は、第10期生(2名)・11期生(3名)が、日々研修中。一般の家庭に生まれても、プロの能楽師になり舞台に立てるなんて夢のような話ですが…一体どんな研修を積んでいるのでしょうか。
研修制度の一端をご紹介できればと、第11期生・渡部葵(わたべあおい)さん(24歳)の1日を取材しました。
渡部さんは、ワキ方下掛宝生流の専攻です。高校生の時、古典文学として謡曲(能)に興味を持ちます。このとき能を舞台で観たことはなかったそう。文学としての能に興味を持っただけあって、舞を舞うシテ方よりも、謡中心のワキ方を習いたいと思い、大学のサークルで、ワキ方下掛宝生流の能楽部に所属。そこで宝生欣哉師、殿田謙吉師に出会い、稽古を受けながら、能の公演に足繁く通うようになりました。
大学3年生のとき、国語教師の道と迷った末、研修制度に応募。ワキ方専攻の研修生となり、現在研修3年目に突入しました。
相当の覚悟で入ったものの、研修はやはり「つらい」し「大変」。けれど、大好きな能にかかわれる喜びや、日々先生方と一対一で稽古を受けられる得がたい時間をかみしめていると言います。
取材した日は2コマの研修があり、まず10:40~11:50まで、研修能舞台で宝生欣哉師の稽古。研修生は、事前に国立能楽堂に出向き、着替えを済ませ(もちろん着物)、稽古場の準備をして、先生を待ちます。
研修(稽古)は淡々と進みます。
渡部さんの立ち居振る舞いや、謡に対して、先生が静かに注意を入れます。繰り返し謡を謡う渡部さんの姿が印象的でした。
宝生欣哉師のおはなし
能というのは、シテ方だけではできません。また世襲の人だけでは人手不足で成り立たない。みんなで作っていくものですから、能を知らなかった人も入ってこられる研修制度は大事です。
能楽師の家の人は子どもの頃から稽古をして自然と身についていきますが、研修生は大人になってからの稽古。ですからまず基本をしっかりと教えます。基本があれば、その場に合わせていくこともできますから。
研修生はすぐに上手くなる人もいれば時間がかかる人もいます。まわりと比べて、自分は遅れていると思うことがあっても、最後に花開けばそれでいい。少しずつ成長してくれればと思います。
お昼休憩をはさんで13:00~14:10は小鼓方幸流・飯田清一師の稽古。11期生の鈴木麻里さんと渡部さんの2人で、小鼓の稽古を受けます。
渡部さんはワキ方専攻のため、舞台上で囃子を演奏することはありませんが、能の舞台に立つなら囃子は習っておいた方がいいという師匠の意向もあって、囃子すべて(笛・小鼓・大鼓・太鼓)を稽古しています。
飯田清一師のおはなし
研修制度は、一般の方に向けて能楽の門戸を開いている、とても良い制度だと思います。能楽はシテ中心ではありますが、三役みんながいないとできない総合芸術です。非常に魅力的な仕事だと思います。
講師として、質問には真摯に答えるよう努めています。また口伝が多いので、実際の舞台で困らないように、応用ができるように教えます。知識を身につけることが大事です。
研修生になっても、相当の努力をしないとプロとして活動していくのは難しいですが、すでに研修を卒業し舞台に立つ先輩たちを見てがんばってほしいし、自信を持ってやってほしい。一人前の能楽師になれるよう応援しています。
ワキツレ役で舞台に立つ
能楽師の家に生まれ、幼少の頃から修練を積んできた人たちとは、もちろん年月の差、経験の差は縮まらないでしょう。でもそこに尻込みしなくていい、比べることではない、と先生方は言います。実際、研修生を経て能楽師となった29名が、いま現在能楽の公演に出演し、活躍しています。
能楽を絶やさないため、舞台を作り上げていくために、人生をかけて能楽師を目指す人が、求められています。
研修見学会のお知らせ
下記の日程で見学会が行われます。研修生に興味を持った方は、ぜひご参加ください。
日時=①12月22日(木)②2023年1月27日(金)17:30受付、18:00開始
場所=国立能楽堂研修能舞台にて
内容=稽古及び研修体験/研修制度についての説明/質疑応答
①【第一回】ワキ方・小鼓方・大鼓方・太鼓方
②【第二回】ワキ方・小鼓方・大鼓方・太鼓方・狂言方
※第一回は、狂言方はございませんのでご注意ください。
申込=メール:kenshu12noh@ntj.jac.go.jp/☎03-3423-1483(直通)