奥深い能楽扇の世界〈その3:一本の扇に多くの職人が関わる〉

能の扇ができるまで

能の扇は、どのようにして作られているのか。ここからは、鎮め扇を例に、ものづくりのプロセスを紹介していく。

鎮め扇が出来るまでの工程一覧

扇の材料は、竹と和紙。とてもシンプルだが、だからこそ職人の高い技術が必要になる。一本の扇を作るためには、大きくわけて扇の骨を作る「扇骨せんこつ工程」、扇面せんめんの紙を作り、それに装飾をする「地紙じがみ工程」、骨と地紙を一体化させ仕上げる「仕上げ工程」三つの工程がある。

実は能楽の扇づくりは、課題を山ほど抱えている。「安心できる原材料は、ひとつとしてない」と福井さんはため息をつく。昔と変わらない質の高い扇を作り続けようと福井さんは知恵を絞り奔走しているが、原材料の確保は厳しくなる一方だという。

苦労が多い扇骨づくり—扇骨工程

いい扇を作るためには、いい竹が必要だ。種類はマダケ。能楽の扇は、数ある扇のなかでも特にサイズが大きい。だから材料になる竹も節から節の長さがたっぷりとあって、しかも良質の竹を確保する必要がある。これが非常に難しいという。

竹は伐採したときの本性がその後もずっと残ります。ですから、品質のよい竹を仕入れないと、後の作業で苦労することが多くなります。

福井さんは、よい竹を得るためにあちこち情報収集をして独自のルートを切り拓いた。仕入れる竹屋との信頼関係を深めるために、自らも運搬作業を手伝い、顔と顔を合わせて要望を伝えたり、竹屋の考えを聞いたりしているそうだ。

私も竹を担がせてもらうんですが、いい竹か悪い竹かすぐにわかります。いい竹は、密度がしっかりあるので重い。でも、いい竹だなと思って苦労して運んでも、切ってみたら虫が入っていて使い物にならない、ということもあるんです。自然が相手だと思い通りにならないことが多いですね。

毎年、10月終わりから11月初頭にかけて最初の竹が入荷されるが、不安と期待が入り交じってドキドキするという。「いい竹が入ってくると、とてもうれしいんですよ」と言う福井さんは、宝物を手に入れた子どものような笑顔だった。

その竹はいくつかの工程を経て、親骨、中骨に成形され、みがきや染めを施し、かなめで止めて1組にまとめられる。先述したように、流儀によって扇骨は異なるので、この工程で流儀の約束事に則って作り分けられる。