曲の解釈と謡い方【三、三番目物】(4)

① 大小序ノ舞の女性夢幻曲
〈東北、井筒、野宮、半蔀、夕顔、仏原、采女、楊貴妃、二人静、江口、定家、芭蕉、源氏供養(身延、梅)〉

〈東北〉(続)

まずワキは修羅物(しゅらもの)と同じく旅僧である。修羅物でも言ったとおり、旅僧というのはそれ自身詩の風格に出来ていて、夢幻(むげん)曲のワキには最もふさわしい。これを心えて謡わぬと曲趣を打ち(こわ)すことになるが、特に三番目物においては、三番目的情緒に溶けこんで幽玄(ゆうげん)(おもむき)に謡うことが肝要(かんよう)である。なおこの曲では春の長閑(のどか)な旅ということも忘れてはならない。

前場は静的な詩の世界だということは修羅物でも言ったが、特に三番目物の前場は閑雅(かんが)静寂(せいじゃく)(おもむき)肝要(かんよう)である。この曲は〈井筒(いづつ)〉や〈野宮(ののみや)〉のように(しず)かではないが、やはり、三番目物らしい静寂(せいじゃく)さがないといけない。静寂は情趣であり、演者の詩心である。ところが前にも言ったようにテンポを弛緩(しかん)させることだと心えている人があるから始末が悪い。問答(もんどう)などで、この曲はシテのコトバに「スラリ」とあるからよいとして、〈井筒(いづつ)〉などには「(シズ)カ」とあるところからむやみにダラダラと謡う人があるが、この「(シズ)カニ」は心持を閑雅静寂にという意味であって、決してテンポを弛緩させることではない。