能楽専門の袴を作り続ける老舗のものづくり【前編】

腰下を端正なシルエットで覆い、姿を凜々りりしく引き立てるはかま。舞囃子や仕舞では所作を美しく見せる効果もある。能楽の世界では、紋付もんつき・袴・白足袋を着用した形式を紋服もんぷくと称し、能楽師の制服とされる。女性も袴をつけることが基本とされ、玄人はもちろん、素人も発表会の舞台では袴をつけることが多い。

袴は伝統芸能の世界ではよく見られるが、芸能ごとに素材、仕立てなどが随分違っている。能楽の袴も他とは異なる特徴があり、さらに能楽のなかでも流儀によって仕立てが微妙に異なるという。

令和の時代。紋服の袴は、どのように作られているのか。このたびは、質の良い袴作りで定評のある「有限会社もちや」に取材をさせていただいた。

袴といえば、米沢

もちやの店舗は、東京・水道橋の宝生能楽堂内にある。「もちや」と染め抜かれたのれんがかけられ、木の香りが漂ってきそうな古風な雰囲気だ。ショーケースには色とりどりの袴用の反物がずらりと並び、ここで反物を広げて見せてもらったり布の肌触りを確かめたりすることもできる。よし作ろう!と思えば、採寸をお願いして、注文することも可能だ。顧客のほとんどが能楽関係者。このため一般には、その存在はほとんど知られていないと思う。

もちや代表の佐藤真由美さん

もちやの代表として、袴づくりの指揮をとっているのは佐藤真由美さんだ。宝生能楽堂の売店に立つ阿部澄美代さんと二人体制で仕事を切り盛りする。

店頭や電話から入ってくる注文には、佐藤さんと阿部さんの二人で連携しながら細かく対応し、いつもお願いしている業者や信頼のおける職人に委託して袴を作る。売店とは別に東京の両国に事務所もあり、できあがった袴を発送する作業などを行う。

布地は山形県の米沢市で作っており、佐藤さんも米沢に住みながら製作の進行管理をしている。

「米沢は袴の有名な産地で、全国シェア90%なんです。米沢の業者だけで袴ができあがる体制ができており、糸染め、撚糸、型染め、型紙を彫る職人もいます。もちやでは、米沢から中間業者を通さずに生地や反物を仕入れているので、品質がいいのはもちろん、お値段も通常ルートよりも安く提供できているんですよ」

佐藤さんが製作現場の進行を自分の目で見て厳しくチェックしているからこそ、質のよい袴を作ることができている。もちやの袴はすべて手縫いで仕上げられる。袴は布地が非常に硬いため、針仕事もかなり力がいるという。『男縫い』とも呼ばれるそうで、職人は男性が多いとのことだった。

もちやが取り扱うのは、袴のほかかみしも、黒紋付、色紋付、袴下帯(幅10センチくらいの袴用の帯)、扇入れなどの小物類。一般向けの結婚式や卒業式の袴も作るが、仕事の8〜9割は能楽関連だという。