萬狂言 春公演 野村万禄還暦記念にあたって 狂言方和泉流 野村万禄師インタビュー

——万禄まんろく先生は、六世万蔵まんぞう師(野村まん師の父)の孫で、野村萬師の甥にあたられます。

母方の祖父が六世万蔵で、私の父は伝統芸能とは関係のない職業でした。現在の野村万蔵家当主の万蔵がいとこ、萬先生は伯父にあたります。

幼少期はあまり稽古はしておりませんでしたが、照れ屋で引っ込み思案、シャイな私を心配した母が「狂言をやれば性格が変わるのでは?」と祖父に勧められて、手ほどきを受け始めたのが最初です。

はじめのころは稽古が嫌で嫌で、大きい声も出せませんでしたね。でもその後、中学高校と稽古を重ねていき、東京藝術大学に入学しました。大学の4年間で狂言を続けていくかを決めようと思ったのです。

でも4年も待たずに狂言をやっていこうと決めました。それまで稽古を受けて経験してきたことは、誰にでもできることではない、何にも代えがたい貴重なものだとわかったのです。

おかげで現在も狂言をやっておりますので、性格は変わるものだなと思っています(笑)。

——お稽古は主に六世万蔵師から受けられたのでしょうか。

子どものころは、祖父に受けていました。祖父が亡くなってからは、伯父2人に稽古を受けました。

祖父の六世万蔵は、私にとってはすごく優しいおじいちゃんでしたね。私は外孫で、狂言の家を継がねばならないというプレッシャーもなかったので、祖父も気楽だったのでしょう。週一回の狂言の稽古のあと、家族そろって和気藹々と祖父や祖母と食事をして、むしろ食事会のついでのような稽古だったかもしれません。

反対に厳しく稽古をつけてくださったのは、萬先生です。じつは去年くらいまでは、お時間を割いてくださっていました。エネルギーを使って稽古をつけてくださるわけですから、本当にありがたいことです。

——現在万禄先生は能楽協会九州支部に所属、支部長を務められ、九州でご活躍中ですが、九州に行かれたきっかけを教えてください。

よく冗談で島流しとか左遷と言われるんですけど、全然そんなことはないんですよ(笑)。

能楽協会が、当時はまだなかった九州支部を2000年に発足しようとしていましたし、萬狂言としても全国展開をしようという話がありました。

その頃、いとこで当時の野村万之丞(五世万之丞。八世万蔵、2004年没)が「万之丞の会」を福岡で始めていました。そのご縁もあって、私も福岡で舞台を勤めるようになりました。同じ頃、同門の小笠原由祠(当時、匡)は関西に行っています。万蔵家としては、1997年に関西支部、九州支部が設立されました。

いきなり福岡で活動ができたわけではなくて、最初は一ヶ月のうち福岡で一週間滞在したら、残り三週間は東京で活動する、といった感じでした。それがだんだんと福岡の比重が増えていき、やっと半々になったのが五年後くらい。

つまり野村万蔵家のために九州へ行ったということです。ね、左遷じゃないでしょう(笑)。

福岡には、大学生時代に観世流の謡のお稽古をしていて、万蔵家に出入りしていた稲石丈志さん(2013年没)という方がいて、「万之丞の会」を手伝いに来てくださっていました。その方が五世万之丞と懇意になって、私が九州に行った時には手伝ってやってくれないか、という話をされていたそうです。

狂言は一人ではできないので、私が稲石さんに教えて、やがて彼は狂言方として能楽協会会員にもなってくれました。彼がいたから九州で狂言を始めることができましたし、後に続く弟子たちも出てこられたんだと思います。稲石さんが万蔵家に来てくれて、ご縁をいただいたことを本当に感謝しています。

福岡なんて飛行機で東京から一時間半の距離ですし、野村万蔵家という看板を背負ってますから、福岡で支店長をしているといったようなイメージです。萬狂言九州支部には現在、吉住講、吉良博靖、上杉啓太、杉山俊広、雪野洸太が所属していて、杉山と雪野もいずれ協会員にと思っています。私一人から始まりましたが、応援を頼まなくても「六地蔵」(登場人物5人)ができるようになりました。

——九州で狂言をやってみて、いかがですか。

九州の土地には、能に親しむ土台がもともとあったと思います。観世流や宝生流、金春流、金剛流、喜多流のシテ方の謡のお稽古をしていた方々が、狂言の会のお客様になってくださったりして、人の輪が広がっていきました。

あっという間に三十年経ちました。そのなかで、テレビやラジオ、現代劇など様々な仕事をし、学校で狂言を教えたり、地域のワークショップが根付いたことが大きいです。長崎の島原から依頼を受けて、狂言を演じる子どもワークショップも行いました。最初は2~3年という話だったのですが、地元で協力してくれる方々がいて継続し、もう二十数年になります。島原はユネスコ世界ジオパークに認定されていて、海外からのお客様に子どもたちの狂言を披露したこともあります。

狂言ワークショップに参加した子どもたちが、大人になって進学や就職で離れていっても、島原に戻ってきたらボランティアをしてくれたり、大学でワークショップを受けたOG・OBの方々が手伝ってくれたりする。

そういう「人の循環」ができたことが大きい。そうすると続いていくんですね。

今は、いろんなスタッフが関わって子どもたちのために新作狂言を作っていて、私は総合監督のようなものをさせていただいています。地域の方々が自主的にやって、それを手伝えることがとてもうれしいです。

九州の人は好奇心旺盛です。ですが、来るもの拒まず去るもの追わずというか、熱しやすく冷めやすいのかもしれません。そのみなさんの心を、つかんで離さないようにするのが、我々の仕事だと思っています。能楽協会九州支部長になってからは特に、どうしたら心をつかみ続けられるのか、いつも考えています。

能楽協会の公演に協賛をいただいたり、お客様のお出迎えやお見送りなどをし、少しずつみなさんと打ち解けてきました。今は、これを維持できるよう努力していかなければと思っています。

能楽協会九州支部は4年後に発足30周年を迎えます。現在、8月の「ほおずき能」や12月の「クリスマス能」など、定期的な能の催しも主催しています。30周年記念の年にはどのような演目にしようかと、今から検討中です。楽しみにしていてくださるとうれしいです。

——万禄先生は4月5日で60歳、還暦を迎えられます。4月19日の「萬狂言 春公演」は「野村万禄還暦記念」と銘打って舞台に臨まれますが、ご心境をお教えください。

60歳、還暦、といっても万蔵家には96歳の萬先生がいらっしゃいますから、私なんか全然……という感じです(笑)。

私は30歳で九州に行きましたから、ちょうど九州と東京で人生の半分ずつを過ごしたのだなと思うと、感慨深いですね。これからもまだまだ修行し、人間性も磨かなければと思っています。

「萬狂言 春公演」では「酢薑(すはじかみ)」のシテ・酢売り、「牛盗人(うしぬすびと)」の牛奉行をさせていただきます。

「萬狂言 春公演 野村万禄還暦記念」のチラシ

「酢薑」は、もう片役の薑売り(山椒売り)は何度もやったのですが、シテの酢売りをやっていなかったんです。「酢薑」は、狂言の数ある演目のなかでもおそらく一番、舞台上で笑う演目です。掛け合いというか、シャレで進むのも特徴で、陽気な狂言らしい作品ですね。それで、酢売りをやりたいと思いました。

「牛盗人」は、牛奉行が非常に格好いい役柄だと以前から思っていたので、今回やらせていただくことにしました。この年になると本当はもっと柔らかいキャラクターにチャレンジすべきかもしれないんですけど…。牛奉行は長直垂にヒゲをつけます。この出立は他には「髭櫓」のシテしかありません。性格も無骨で硬派な役です。

酢売りのシャレと、牛奉行の無骨を貫く役と、正反対の役を演じ分けることに挑戦しようと思っています。

8月8日には福岡の大濠公園能楽堂でも「萬狂言」で還暦記念の公演を行います。まだ演目が決まっていなくて(笑)、鋭意選定中です。

笑うことこそ、狂言の魅力です。喜劇的な狂言を見て、大いに笑っていただきたいと思います。それは、明日を生きるためのちからになります。笑うことで日頃のモヤモヤを晴らして、また生きていこうと、見てくださる方を前向きな気持ちにできる狂言を演じてゆきたいですね。

野村万禄師(2026.3.6 檜書店神保町本店にて)

野村 万禄(のむら まんろく)

1966年4月5日生まれ。野村萬の甥(萬師の妹の子)。1973年、祖父六世万蔵に入門。1974年、小舞「雪山」にて初舞台。1976年、狂言「しびり」にて初シテ。1990年3月東京藝術大学音楽学部邦楽科能楽専攻卒業。

1997年頃から福岡に居を移して活動。2000年に二世野村万禄を襲名。2010年、福岡県文化賞奨励部門受賞。筑紫女学園大学、福岡教育大学講師。能楽協会本部理事兼九州支部長。
これまでに「奈須与市語」「三番叟」「釣狐」「金岡」「花子」を披く。
長年にわたり、肥前島原子ども狂言を指導している。


野村万禄還暦記念「萬狂言 春公演」2026年4月19日公演のお知らせ


萬狂言 春公演 野村万禄還暦記念

2026年4月19日(日)14時30分開演 国立能楽堂

【番組】
解説 野村万蔵 
狂言「酢 薑」 野村万禄、能村晶人 
狂言「子盗人」 野村万蔵、野村拳之介、石井康太 
独吟 野村萬 
狂言「牛盗人」 山下浩一郎、野村万禄、野村万之丞、野村眞之介、山下凛一郎  

【チケット】
松席 8,500円 
竹席 5,500円(シニア60歳以上4,000円/教職員4,500円) 
梅席 3,500円(小~大学生2,000円) 
※価格は消費税込 
※未就学児入場不可

【チケット販売】