【書籍紹介】新刊『能に描かれる愛のかたち』著者・松村栄子氏インタビュー

9月初旬に檜書店より、松村栄子著『能に描かれる愛のかたち』が刊行された。能の「愛」について様々な角度から迫った本書は、雑誌『観世』の連載に、書き下ろしを加えた充実の一冊となっている。

著者の松村栄子先生に、能について、また本書について、お話しいただいた。

※記事の最後に、松村栄子先生のコメント動画がございます。ぜひご覧ください。

新刊『能に描かれる愛のかたち』

――松村先生と能との出会いは?

お茶のお稽古を始めて10年ほど経った頃、茶道にまつわる小説を新聞に連載しておりまして、準備期間も含めると2年間くらい毎日毎日お茶のことばかり考えていました。さすがに連載を終えたときには少し疲れてしまい、何か他のことに目を向けてみたいなと思いました。それがなぜお能だったのかはわかりませんが、多分、何も知らない世界だったからだと思います。そのあたりのことは『能楽ことはじめ』(淡交社)という本にも書いています。

――それまでまったくお能を観たことはなかったのですか?

いえ、そういえば大学生の時に一度〈葵上〉を見たことはありました。能楽研究会の友人に誘われて「栄子ちゃんにはこれがお勧め!」と連れていかれたのですが、まったくわかりませんでした。〈葵上〉なのに葵上は出てこないなぁと思っているうちに寝てしまい(笑)。

それから四半世紀経って、わからないからこそあの世界に行ってみようと思い立ったのです。そう考えると、わからないなりにも何か魅力は感じていたのかもしれません。そこから能楽堂に通い始めてかれこれ20年くらいです。

――お稽古を始められたのは?

まだ数年です。お能とは別に「今様」を歌ったり「白拍子」を舞ったりするグループに属しておりまして、その基礎訓練として「能の身体の使い方を学ぶべし」と諭され、始めました。

仕舞と謡とを習っていますが、仕舞のほうは、とにかくまともに歩けるようになりたい、つまり「ハコビ」(すり足)がうまくできるようになりたいと思っている段階、謡はさらに難しくて、まだまだ全然です。お能は、お稽古するより舞台を拝見するほうが楽でよいですよね(笑)

今は住んでいる京都の催しを中心に観ていますが、東京へ出て拝見することもあります(編集部:取材の日と翌日も、先生は国立能楽堂と観世能楽堂の公演を観に行かれたそうです)。

――今回のご著書について伺います。

「愛」というテーマは、雑誌『観世』の連載を始めるにあたって、編集部からいただいたご提案の中のひとつです。自分だけでは思いつけなかったテーマですが、取り組んでみたらとても面白かったので感謝しています。

ひとことで「愛」と言っても男女間の恋愛ばかりでなく家族の愛や動植物への愛、趣味や芸能への愛など、全方位に向けて人は「愛」を軸に生きているのだなとあらためて思ったり発見も多くありました。神様の愛もけっこう自分本位だと思ったり。
ただ、能の曲そのものを書いているのは男性だなあ、と思うこともしばしばあります。男性本位な視点というか……。

――例えば〈鉄輪〉は“男性から見た女性の嫉妬”というイメージでしょうか?

そうですね。元妻へのいたわりがなく、夫の立場で作られていますよね。妻にももっと同情してほしいです(笑)。

でも、以前に映像で観た橋岡久馬師の〈鉄輪〉は、はじめから挙動不審の怪しいおシテで。この妻だったら、さすがに私も夫のほうに同情するというような(笑)。演者の解釈でこんなにも変わるのだなと思いました。

能の良いところは、その人その人の解釈で良い、というところです。演者の解釈、また観客の解釈、それぞれあっていい。

ですので、この本でも「これが正しい見方です」と断定するような解説は避けました。実際の舞台を観る楽しみは読者に残されています。

――ちなみに先生のお好きな能の曲や登場人物は?

蝉丸〉の逆髪や、〈草子洗小町〉の小町ですね。逆髪の、悲劇の中でもきりっとしているところが好きです。小町は、百歳の老いさらばえた身を扱う曲が多いので、若くて元気な小町の心意気が見える〈草子洗小町〉が好きなのだと思います。

能の小町の扱いを見ていると、美人は美しいだけでそんなに罪なのか、という気がして、少々納得がいきません(笑)。

――昨年、茶道などの世界を描いた小説『粗茶一服』シリーズ(ポプラ社)が完結されましたが、今後のご予定は?

まだ具体的にはなっていませんが、いつかは能をテーマにした小説も書いてみたいですね。

松村栄子先生と今回の著書(神保町の檜書店にて)

松村栄子 (まつむら・えいこ)
1990年『僕はかぐや姫』で海燕新人文学賞、92年『至高聖所(アバトーン)』で芥川賞を受賞。他に武家茶道を軸にした『雨にもまけず粗茶一服』をはじめとする小説粗茶一服シリーズ、自身の茶道体験を綴ったエッセイ『ひよっこ茶人、茶会へまいる。』、古典を繙く『京都で読む徒然草』、能楽のすすめ『夢幻にあそぶ 能楽ことはじめ』などがある。京都市在住。

著/松村栄子
価格/2200円(税込)
出版/檜書店
判型/四六判並製本
ページ数/256ページ
発刊日/2025年9月8日
ISBN/978-4-8279-1121-3 C0074

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