新作能〈媽祖〉、コロナ禍を経て海を渡り、台湾公演が盛況に終わる

2022年4月に京都で初演された新作能〈媽祖(まそ)〉が今年5月に台湾高雄市で行われた。

〈媽祖〉は、企画・指揮・シテを勤めた片山九郎右衛門師が、二十年以上前に台湾の知人夫婦から「台湾で航海や漁業の安全を守る女神として、広く信仰されている媽祖を能にしてほしい」と言われたことをきっかけに作られた新作能。新型コロナウイルスのパンデミックの折、人々の交流、国と国との豊かな結びつき、何もかもが失われていく中で、媽祖を能にし、この物語を通して人々と心を通わせたい、という片山師の思いが実現した。

写真提供:財団法人高雄市愛樂文化藝術基金会

初演前年の2021年から始まっていた〈媽祖〉クラウドファンディング募集の段階から、台湾の「財団法人高雄市愛樂文化藝術基金会」から、「ぜひ高雄市で公演してほしい」と打診があったが、初演の公演を配信で観て同基金会は公演実施をさらに強く希望したという。当時は世界中が新型コロナウイルス蔓延のなか、台湾公演の実施は程遠く思われたが、翌2023年5月に片山師、駒井潤氏(公益財団法人片山家能楽・京舞保存財団事務局長)が台湾高雄市に赴き、2024年5月の本公演が正式に決定。「高雄市春の芸術祭」に招待を受ける形になった。

媽祖は、東アジアの国々では広く信仰されているが、日本ではあまり馴染みがないため、〈媽祖〉日本公演では、奈良時代、大伴家持(ワキ)が太宰府に赴く途中、媽祖(シテ)に導かれるという設定とし、住吉明神も登場するが、台湾公演ではワキである海商ハイシャンの鄭芝龍(田川マツの夫で、台湾建国の父とも言われる鄭成功の父。鄭成功は文楽「国性爺合戦」の主人公で和藤内として知られる)の船が嵐に遭い、媽祖に導かれるというストーリー。日本公演での住吉明神の役は開天神盤古となり、日本とは配役を変えての台湾バージョンとして演じられた。

5月18日、19日に一公演ずつの予定だったが、チケットは販売開始一週間ほどで完売したため急遽18日の追加公演が決まり、計3公演が行われた。

全公演満席で、終演後は拍手とアンコールの声が止まず、能の舞台では異例ながら出演者はカーテンコールでお客様に応えていた。

片山九郎右衛門師のコメント【台湾公演を終えて】

コロナ禍では、舞台公演や人との交流に大きな制限がかかりました。

正直最初の二週間ほどは、世の中こんなに静かな事もあるんだと、また山河草木の美しさにしみじみと思う日々でした。しかし、そのあとロックダウンの危機に際し窒息しそうになりました。

たいそうな話に思われるかもしれませんが、大切な人ともう会えないかも。自由にグローバルな世界を行き来できないかも。

お能もなくなってしまうかも。

そんな時期にいろいろな方の顔が浮かぶなかで、台湾の友人ご夫妻のことを思い出し、ただただ会いたいと思ったのが、この「媽祖」を作るきっかけでした。

何を考えたのか、20~30年前に言われた「媽祖をお能にしたら」を、まず実現して会おうと思ったのです。

本当は順序が逆ですよね。逢いたければ、先に手を尽くして尋ねてから会い、旧交をあたためてそれから一緒に何かしよう、が正しいアプローチですよね。

思い立ったらすぐ、台湾取材の経験のある玉岡かおる先生に直談判し、その日のうちにストーリーの骨が出来上がり、江の浦でのプロモーションビデオの作成、二度にわたるクラウドファンディングの達成、京都、小田原での公演の成功。そして台湾からの招聘公演の成功まで…

一気に駆け抜けて行きました。

何もかも初めてのことがこのように短期間でできました事は、コロナ禍で気がついた、人の交流の大切さに寄り添って頂いた人々のご厚意の賜物と感謝しております。そして媽祖の導きかと。

台湾と、今年はパリの公演も経験して、感じたことは大きく二点。

マンガやサブカルチャーに刺激を受けた世界の方々が、日本文化そのものの、より根源的なものに興味をもって寄って来てくれたこと。人種、地域、年齢、性別、嗜好性を超えて見に来てくれたこと。まさにダイバーシティというのを肌で感じました。

もう一点。

勿論能の名曲を見てもらうことも大事なのですが、能の特性や表現力を体感してもらうには、現地の人々に深く根を張っている題材をなるべくシンプルに能にすることが大切、と感じました。参加意識というのか、お客様を巻き込んでのスウィング感も違うでしょうし。この方がかえって能を感じて頂ける気がしました。

台湾のカーテンコールは、ある意味目から鱗でした。

「媽祖」終演後の反響、伝播にこれほどSNSで良い反響を頂いたのも初めてでした。

〈媽祖〉台湾公演 高雄大東文化芸術センター

2024年5月18日(土)14:30開演/19:30開演
     5月19日(日)14:30開演

媽祖     片山九郎右衛門

開天神 盤古  野村萬斎

千里眼    味方玄
順風耳    分林道治

松女     橋本忠樹

鄭芝龍    宝生欣哉
従者     宝生尚哉

船長     茂山逸平

笛      竹市學
小鼓     吉阪一郎
大鼓     亀井廣忠
太鼓     前川光範

後見     青木道喜
       河村晴久
       大江信行

地謡     浦田保親
       古橋正邦
       片山伸吾
       田茂井廣道
       河村和貴
       大江廣祐

シテ方働キ  梅田嘉宏
狂言方働キ  月崎晴夫

「媽祖」台湾公演のプログラム
現地では高速道路の側面に巨大広告も掲示された