古典芸能、郷土芸能から祭りまで、日本の楽器を支える老舗商店

東北の芸能を道具で支援


優れたものづくりの技術があることに加えて、経営基盤が整っていると、社会貢献も可能となる。平成二十三年三月十一日に発生した東北の大地震では、沿岸地域の郷土芸能も大きな被害を受けた。あの津波によって、祭や芸能に必要な太鼓や笛などの楽器、扮装に必要な装束や道具類が失われてしまったのだ。東京でも祭の自粛などがあり、宮本卯之助商店の商売も打撃を受けていた。そんな中、芳彦さんは東北の芸能の失われた道具を復元することで、支援を行おうと行動を起こす。


宮本卯之助商店では、道具を作る基礎技術はあるが、村ごとに異なる東北各地の芸能には精通していない。そこで現地の芸能に詳しく、その土地とつながりのある人、さらにこうした活動を資金で支援してくれる団体をみつけて、つながりをつけた。これらの三者が一緒になって、太鼓や獅子頭、小道具などの復元を行ってきたという。

「郷土芸能は土地の人の暮らしと密接に結びついています。震災の翌年あたりから『祭もできないなら、もう集落には戻らない』という声が出てきたようです。道具の復元は、そのタイミングでやらないと意味がないので、緊急に動きました。大変なこともありましたが芸能の力を再認識させられた部分もありましたね」と、芳彦さん。

宮本卯之助商店で働く職人にとっても、自分たちの技能が被災地の社会に役立ったことは、誇りになったに違いない。

太鼓を縫う

大鼓と小鼓。

形は似ているが、正反対


さて、ここからは能の舞台に欠かせない大小の鼓の作り方を教えていただく。大鼓、小鼓は、二枚の丸い皮、音を共鳴させるための木製の筒(「胴」)、皮と胴を組み上げて固定させる紐(調(しらべ))からできている。ここで作っているのは、胴と皮だが、胴は生産する機会は少ないとのことなので、皮に絞って話を聞いた。

太鼓は牛皮を使用するが、大鼓と小鼓の皮の材料は、共に馬の皮。しかし、性質がまるで違うものを使っている。小鼓は、幼馬の皮。大鼓は、成馬の背中からおしりにかけての厚い皮を使う。切ったり縫ったりする作業をしていると、皮の硬さによる違いで、その感触がかなり異なることがわかるそうだ。

皮を作る手順は、まず鉄でできた輪に竹皮を巻いて、その上に皮を張り、麻の繊維で作られた糸で縫い止める。小鼓の場合は、さらに黒い漆で補強や装飾を行う。できあがった皮の寿命は、大鼓と小鼓でずいぶん異なり、大鼓は曲の長さにもよるが、5~6番打つと皮が割れるなどして使えなくなる。一方、小鼓は数十年から数百年もつと言われる。大鼓は、皮を炭などで(ほう)じて、乾燥させることでパンパンに張り、それを強く打ち込み、小鼓は皮に湿度を与えてやわらかい音を出す。寿命の差は、使用方法の違いの影響も受けているが、不思議な対比をなしている。

小鼓の花形の塗り直し作業

大鼓や小鼓、太鼓は高価な楽器であるため、素人で実際に購入する人はごくわずかだろう。しかし能楽に欠かせない道具を作る人がいるからこそ、私たちは能の舞台を楽しむことができる。前回ご紹介した謡本もそうだが、手間のかかる手仕事を未来に継承するには、乗り越えなくてはならない課題が多くある。私たちにできる応援の第一歩は、道具を作る職人の存在を意識し、よく知ること。小さなことだが、ひとりひとりの意識の変化が、めぐりめぐって有効な応援につながるのではないかと感じている。


(写真提供/宮本卯之助商店)

(『観世』2016年8月号掲載、編集)