能のお稽古に必須の「謡本」は誰がどのように作っているのか?

謡本の製作工程

まず謡本を作る手順を、簡単に説明してみたい。

製作工程

  1. 印刷済みの紙を裁断
  2. 折る
  3. そろえる
  4. 丁合(ページ順に並べる)
  5. しめる(折りのくせ付け)
  6. 裁断・糊つけ
  7. 角裂をつける
  8. 表紙をつける(「かけ」)
  9. 外題をはる
  10. とじるための穴あけ
  11. 糸でとじる
  12. バーコードをつける
  13. 完成

文字の印刷は外部の印刷所で行われることが多く、印刷済みの大きな紙が水谷さんのところへ届く。袋綴じになるように、これを裁断し、折ってページ順に並べる(「(ちょう)(あい)」をとると言う)。

それから(かど)(ぎれ)をつける。角裂とは、本の背の上下二箇所につけられた色のついた布のこと。

曲の位によって色が異なり、水色((ひら)(もの))、黄((ならい)(もの))、紫((おも)(ならい))の三色がある。

それから表紙をつける(かける)。この作業を「かけ」と呼ぶ。そして曲名が書かれた()(だい)(だい)(せん))の紙を貼り、糸で綴じると本の形となる。外題の紙の大きさや貼る位置も決まりがあり、他の謡本や手付本などでは表紙の中央に貼ってあるものもある。ちなみに外題の地紙の図案は、観世宗家の紋の矢車。

ちょっと機械に助けてもらう

2台の機械の画像
折りのくせをつける機械(左)と穴をあける機械(右)

糸で綴じる作業では、針を通す部分にあらかじめ穴を開けるが、その際は機械を使う(右の機械)。謡本の製作は、ほとんどが手作業だがところどころで、簡単な機械に助けてもらう。

作業をする上で意外に重要なのが折りの工程。紙を折って、しっかりと折りくせをつけておくことで、その後の作業が格段にやりやすくなるという。それを恭子さんは「しめる」という言い方をしていた。これも機械の力を借り(左の機械)、しめた状態で丸一日おいておく。

「かけ」の作業

「かけ」の作業をする水谷葵さん

恭子さんから話をうかがっている間、そばで葵さんがずっと表紙をつける「かけ」の作業をしていた。具体的には、表紙の紙を規定の大きさに折る動作をいう。

へらを使って表紙の紙を規定の大きさに折る

竹のへらを使うが、これは竹屋に特注で作ってもらったものだ。素早くリズミカルな手さばきで、見ているとそれほど力が必要には見えないが、昔は男仕事とされていたほど身体に負担がかかる作業。謡本を作るプロセスで、一番時間がかかるという。

「かけ」の作業で使用する竹製のへら

「娘がこの仕事をやって二年くらいたったころでしょうかね。肩のあたりが痛いというので整骨院へ連れて行ったら、(けん)(こう)(こつ)の位置がずれてしまっていました。それからは三週間に一度くらいの頻度で、整骨院へ通うようになりました」。

規定の大きさに切りそろえられた角裂

ちなみに角裂をつけるのは女仕事とされていたそうだ。角裂は、装飾的な意味もあり、また本の傷みを防ぐためのものだが、これをつけるのがまた手間がかかるらしい。

薄い布に紙が裏打ちされた特製の布を、小さな四角い形に切って準備しておき、それから貼る作業をする。なにごとも下準備が大事だが、貼るまでにも大変な時間がかかっている。