三世代で舞台に立つ野村万蔵家の若き三兄弟にインタビュー

狂言和泉流・野村万蔵家は、人間国宝の野村萬師を筆頭に、野村万蔵師、さらに万蔵師の若き息子たち三兄弟らが、広く活躍されている。

家ごとに伝承される狂言は、親子や兄弟で舞台に立つことも多く、その関係性や芸の妙を見続けるのも、狂言を見ていく楽しさのひとつだろう。

今回、長男の万之丞師が企画立案し、始まって三年目を迎える「ふらっと狂言会」の話題を交えながら、万之丞師、拳之介師、眞之介師にお話を伺った。

※これ以降、野村万之丞=万、拳之介=拳、眞之介=眞 と表記。

野村万之丞(まんのじょう)/野村万蔵の長男。28歳

*兄弟から見た長男・万之丞はどんな人?

拳)尊敬している。歳が2つしか違わないのに、自分には真似できない対応をしているし、陰で大変なことがあるだろうけれど表には見せない。まじめで頼りになる存在、責任感も強い。

眞)自分が赤ちゃんの頃はミルクをもらったり(笑)、父親代わりのような存在。いつも背中を見ていて、自分ができることは何かなと考える。信頼できて安心感のある人。


野村拳之介(けんのすけ)/野村万蔵の次男。26歳。兄と2つ違い

*兄弟から見た次男・拳之介はどんな人?

万)可愛がられることが多い愛されキャラ。いつも一所懸命。独創的で、自分には真似できないところがある。年が近く一緒に舞台に立つことが多いので身近な存在。

眞)周りを見ても年齢が一番近く、見本だと思っているので、稽古ではすべてを見させてもらっている。彼の言動から気付かされることが多い。


野村眞之介(しんのすけ)/野村万蔵の三男。21歳。長男と7つ違い、次男と5つ違い

*兄弟から見た三男・眞之介はどんな人?

万)かわいい弟で、つい面倒を見たくなる。動画編集をしたりクリエイティブなことが得意で、器用かと思いきや不器用なところもある。

拳)大学の演劇サークルで脚本を書いたり演出を考えたりしていて、非常に素晴らしい才能を持っている。末っ子気質。


——祖父の野村萬先生、父の万蔵先生からのお稽古はそれぞれいかがですか。

)二人の師匠の稽古はそれぞれスタイルが違っていまして、萬先生は基本マンツーマンでお稽古をつけてくださいます。最近は稽古はあまりないのですが、年齢的にも、兄弟のなかで僕がいちばん萬先生のお稽古を受けてきました。萬先生は淡々と言葉で「ここはこうだ」「ここは違う」と教えてくださいます。

個人稽古といっても部屋を閉めきっているわけではないので、人の稽古の際には内容も聞こえてくるのですが、すごく怒る場合もありますし、僕の時のように説明してくれる場合もある。それからとにかく情熱を注いでくださるというか。どんなに時間を使ってでも相手に熱量を注ぎ込んで、稽古してくれます。

反対に、父(万蔵師)の稽古は、基本的には公開稽古です。効率ということも重視しているのでしょう、舞台に立たない人も集めてみんなの前で稽古をします。父としては人の稽古であっても目に焼き付けて修行を積み重ねておけ、という意図もあるのだと思います。

良いところを伸ばすというよりは、良くないところを修正していくような稽古です。例えば、拳之介は謡とか舞のような型が苦手で、僕はそういうものより狂言の演技やセリフが苦手。眞之介は苦手も得意もまだないですが、色々な人の稽古を見て学んでいます。

自分と違う個性を持った人のお稽古を見ると、非常に気付きが多いです。人を見ていると自分のこともよくわかります。以前演じたものでも稽古を見ると、自分の時はどうだったかなとか、改めて思い出したり新たな発見があります。

)僕は至らないことが多くて、よく萬先生に怒られていますが、「すみませんお願いします」と言ってお稽古をしていただいています。僕に稽古を付けると萬先生はすごく疲れちゃうから嫌なんだそうですが(笑)、お願いして断られることはないです。

)萬先生は拳之介にはなんでも言いやすいのかもしれないね。

)僕はほとんど父(万蔵師)の稽古ですが、最近少し萬先生のお稽古を受けるようになりました。萬先生には「君はこれから声や基礎を作っていく段階」「この先基礎ができるようになってからそれほど長く教えられないだろうから」と言われて。先生がやっているところを、僕に見せてくださいます。今のうちに空気とか感覚を伝えてくれていると思います。

万・拳)眞之介は萬先生にあまり怒られないよね。

)それは、怒られるほどのレベルに達してないからで……(苦笑)。

)萬先生は、野村万蔵家の芸の基礎、息遣いだとか、体の細かい動かし方、型の美しさといったことを教えてくれています。父は、萬先生に教わった基礎がある前提だと思いますが、今のお客様にもわかりやすい舞台、演出的なこととか、演技的な部分も教えてくれています。

2人ともとても厳しいですし稽古はハードです。褒められることはないですが、ときどき父は「公演を見てくれた誰々さんが、良かったと言ってたぞ」ということを言ってくれますね。たまには褒めないと、ちょっとかわいそうかな……と内心思っているのかもしれません。

僕は今家を出ていますが近くには住んでいるので、「ちょっと稽古しよう」と言って集まりやすい。そこは便利というか、3人いる利点で、約束しなくてもすぐに稽古ができるので回数を重ねられます。

拳・眞)兄弟のいいところですよね。

左から、拳之介、万之丞、眞之介

——今度〈佐渡狐〉を3人で勤められますね。(シテ/佐渡国の百姓:拳之介、アド/越後国の百姓:眞之介、小アド/奏者:万之丞)

)4月20日の「ふらっと狂言会♭5」で〈佐渡狐〉を勤めます。3人だけで一緒に舞台に立つのは「ふらっと狂言会」では初めてです。他の公演を考えてもおそらく3回目。〈佐渡狐〉の配役のバランスと、兄弟の関係性がうまくマッチするかなと思ってこの曲に決めました。

〈佐渡狐〉で舞台に立つ時は、必ず最初に〝越後国の百姓〟の役から始めるのですが、眞之介は今回初めて勤めます。〝佐渡国の百姓〟はシテでもあり、引っ張っていくという意味で今回拳之介が勤めます。拳之介は太郎冠者などのキャラクター色が濃い役は演じやすそうですが、こちらは悪巧みをする役ということで、また少し違ってくるのではないかなと思います。

僕も〝奏者〟の役を勤めるのは初めてです。萬・万蔵・万之丞とか、萬・万之丞・拳之介などの配役でずっとやってきまして、百姓役を勤めましたが、〝奏者〟は百姓二人を見る役で包容力も必要です。未熟ながら僕が奏者でも、弟2人と演じるのであれば、成立するかな、と思って勤めさせていただくことにしました。

それぞれ役の味も違うので、3人がどのように役を作るのか、お客様には楽しみにしていただければと思います。僕たちは稽古を重ねて、三兄弟のコンビネーションをお見せできたらと思っています。

——その「ふらっと狂言会」についてお伺いします。会を始めたきっかけは?

)「ふらっと狂言会」は2023年の4月に始めたので、次回公演で丸2年になります。それまで万蔵家には「ファミリー狂言会」という、子どもさんも来られるご家族層向けの会がありましたが、20代の自分の友人たちを誘いづらい。かといって、いきなり本格的な万蔵家の狂言の会である「よろず狂言」の催しに来てくれというのも、伝統芸能初心者の友人たちにはちょっとハードルが高い。

そんなとき父に、「ファミリー狂言会の枠を任せるから何か考えてみろ」と言われたんです。今になって考えると、自分で企画を考えていく力をつけろ、ということだったんだろうと思います。

それで20代の若者世代も来場しやすい催しにすることに決めて、ふらっと来られる、誰にでもフラット(平ら)な会、ということで「ふらっと狂言会」と名付けました。メンバーは僕たち三兄弟と萬狂言に所属する若手です。

いつか三兄弟で会をやりたいなとは思っていたので、「ふらっと狂言会」では三兄弟の会を始めた時に来て下さるようなお客様が増えたらいいな、と思って活動しています。ただ、演目を考えるときに僕ら若手では上演できる曲が限定されてしまうので、演目以外のところでも色々工夫していこうと考えています。

例えば友人からは、能楽堂はいつ開演するのか分かりづらいという声がありましたので、「ふらっと狂言会」の時は5分前のベルを自分たちの声のアナウンスに変えています。

ほかにも、ロビーで音楽を流したり、会場である国立能楽堂の周辺レストランのランチを紹介したり。若者に人気の漫画家である東村アキコさんに描いてもらった等身大パネルを設置して、記念写真スポットを作ったりと、能楽堂にテーマパーク風の要素を盛り込むことにしています。

4月20日「ふらっと狂言会」「萬狂言」のチラシ

——「ふらっと狂言会」のお客様のようすは?

)僕たちは「気軽に楽しめる」と同時に、「崩しすぎない」会を目指しています。それがまさに今のお客様の状態にもなっています。演目の途中でも声をあげて笑ってくださいますし、このあいだの〈寝音曲〉では途中で拍手が起こりました(笑)。だけど皆さんには、伝統芸能の狂言を見ているという自覚があります。とてもうれしかったですね。

アンケートを集計すると、20代・30代の方が来場者の50%を占めていてびっくりしました。僕らの来てほしい世代が、まさに来てくれています。
もちろん40代・50代、それ以上のご年齢の方にもご来場いただいております。僕らの成長を見守ろう、これから見届けていこうという温かい目線をお持ちの方々だと思いますので、非常にありがたく思っています。
アンケートはお客様の声を直接聞ける貴重な機会なので、いつもみんなで楽しみに読ませていただいています。

)狂言の後に舞台上で「三兄弟トーク」(アフタートーク)をしたり、ロビーでご挨拶したり、お客様との距離が近い会です。

)お客様の声をじかに聞いて、改善していけるのも、この会のいいところだと思います。

)萬狂言ではYouTubeやTikTokなどのSNSも公開しています。眞之介が中心になって動画編集をしてくれているのですが、こちらも反応がとても良くて、若い世代への普及に手応えを感じているところです。

僕らが40代・50代になったら、また違う会をやるだろうと思います。それまで、この「ふらっと狂言会」で、狂言を楽しむお客様が増えてくださるといいなと思っています。

——最後に、これからの抱負をお聞かせください。

)今は、野村万蔵家を支えてゆくことを最優先にしていますが、いつか、自分なりの舞台ができたらなとは思います。それから能のアイが認められて、能楽界で一緒に仕事をしたいと思ってもらえるような人間になりたい。またお客様には、狂言は、映画やお笑いライブに行くのと同じようにラフに歩み寄れるものだと認識していただきたいです。
実は年末には〈花子はなご〉を披かせていただきます。狂言師としていよいよ一人前という立場になっていきますので、心して勤めたいと思っております。

)伝統芸能ってカタイ、知らない、と思われがちですが、もっと知られていくべきだと思いますし、室町時代からあるなんて本当に貴重なものです。狂言を、きちんと残していきたいと思います。そのためにがんばりたいです。
自分たちの会は、普及活動というほどではありませんが、狂言という伝統芸能を良いイメージで知っていってもらえたらと思っています。

)まだ修行中の身ですが、芸を磨き精進していきたいと思っています。三兄弟でひとくくりに見られることが多いので、兄2人の邪魔をしないように、見劣りしないように、と思っています。
プライベートでは、初対面の人に狂言をやっていると言うと、僕によってその人の狂言のイメージがついてしまうと思うので、狂言そのものも、また僕のことも親しみやすいなと思ってもらえるような、そういう人になりたいですね。


野村万蔵家三兄弟より「ふらっと狂言会♭5」2025年4月20日公演のお知らせ


ふらっと狂言会♭5 公演情報

2025年4月20日(日)11時 国立能楽堂

【番組】
解説 野村万之丞、河野佑紀
狂言〈鐘の音〉 太郎冠者 石井康太/主人 小笠原弘晃 
狂言〈佐渡狐〉 佐渡国の百姓 野村拳之介/越後国の百姓 野村眞之介/奏者 野村万之丞 

【チケット】
一般・全席自由/3,000円
U-29・全席自由/2,000円(29歳以下) 
※表示は税込価格 ※入場は5歳以上 

【チケット販売】

2025年3月7日、神保町の檜書店店舗にて