国立能楽堂が取り組む、能装束の復元 〜佐々木能衣装による「厚板」制作の記録【後編】

金色の正体

このたびの厚板もそうだが、能装束には金色が効果的に使われている。これは糸のように見えるかもしれないが、実は糸ではなく極細の短冊状の「平金箔ひらきんぱく(あるいは引箔ひきはく平箔ひらはく)」と呼ばれるものだ。平金箔は三椏紙みつまたがみに漆で金箔を貼ったものを裁断するが、その巾は制作する能装束の種類によって異なる。金糸は芯となる糸に金箔を巻き付けているため織り込むと厚みが出てしまうが、平金箔は薄いため厚みが出ないというメリットがある。

獅子のひげ、尾、たてがみなどに平金箔が織り込まれている。

平金箔(上)と金糸(下)

平金箔は、手あるいは専用のへらを使用して緯糸として織り込んでいく。へらのはしは、かぎ編み針のように切れ込みがあり、これに平金箔をひっかけて経糸の間に引き込むようにするのだが、見ていると一瞬の早業。細く薄い平金箔が実によくいうことをきいて、裏返ることなくきれいにおさまっていく。


平金箔を織り込むための専用のへら。

織り上がった生地。毘沙門亀甲が美しく織り出されている。左端は耳の部分。

中央の線が肩山になる。この線をドンテンと呼ぶ。ここを境に、上下が逆転して織り進めるしくみになっている。そのため一枚の生地でありながら前袖、後袖がともに獅子や毘沙門亀甲の図案の天地が逆さまにならない。

肩山になる部分(ドンテン)にさしかかったら、紋紙を逆にする作業をする。

細部にも優れた技術がちりばめられている。獅子の模様を織る際は、絵緯が長く浮く箇所があるが、その糸をほつれにくくするため、押さえるように織るしかけがあるのだ。これを「はりとじ」という。織り上がった後に、針と糸で刺繍のように押さえるという方法もあるだろうが、織り進む過程で自動的に留めるように設計されている。

黄色の絵緯に「はりとじ」でジグザグにおさえられている。はりとじの位置も、復元する装束と同じ位置に入るように設計してある。

反物が織り上がる

袖2枚、身頃2枚を衣桁にかけて、背の方向から撮影したもの。これとは別に、襟と衽を1枚で織り上げたものがある。

襟と衽の生地。縦のラインを裁断して、襟と衽に分ける。紋紙に仕掛けをして裁断の際にほつれないようにしてある。こうした技術にも、大変驚かされる。

裁断と縫製

できあがった生地は、寸法通りに織り上がっているか、茶と納戸色の段の位置がずれていないかなどを佐々木さんが確認してから裁断の作業に入る。表地はパーツごとに織るため、ハサミを入れる箇所は意外と少ない。

裁断が終わると仕立ての作業に入る。洋裁とは異なり、型紙は用いない。縫う箇所にはへらを使って印をつけ、手縫いで仕立てていく。