奥深い能楽扇の世界〈その1:十松屋福井扇舗の歴史と扇の細部〉

十松屋福井扇舗の歴史と仕事

京都市内を南北に走る地下鉄烏丸線の丸太町駅から南に下りながら歩いて約5分。静かな住宅街の一角に、十松屋福井扇舗は店を構えている。以前は烏丸通沿いの三条にあったが、2022年に現在の場所に移転。三条時代から客を迎えてきた風格のある大きなのれんが目印だ。

十松屋福井扇舗の店構え

十松屋福井扇舗の歴史は、江戸時代に遡る。京都で能の扇を作っていた「十松屋」から福井知久が商売を引き継ぎ「十松屋福井」として創業したのが江戸時代の元禄16(1703)年。以降、福井家がものづくりを継承し、現在の社長の芳宏さんは12代目にあたる。能楽の各流宗家から絶大な信頼を得て、能楽界のほとんどの扇を作っているほか、京舞や歌舞伎、日本舞踊などの扇も製作している。

十松屋福井扇舗は扇を販売しているだけのようにも見えるが、ものづくりの部分に深く関わっており、プロデューサーのような役割をも担っている。扇は分業制で作られる。竹を切り出す、竹を加工して扇骨せんこつを作る、地紙じがみを作る、それに金箔を貼る、絵を描く、地紙を蛇腹じゃばらに折るなど。こうした各工程は外部の専門職人に委ねている。

十松屋福井扇舗の店内

たとえば能楽師から注文が入ると、どの職人にどの仕事を任せるのかを組み立てて依頼する。仕事が動きはじめると、各工程のものづくりがきちんとできているか品質管理に目を光らせながら運んでいき、十松屋福井扇舗の二階で最終的な仕上げ作業を行う。店舗に商品を置き一般向けの小売り販売もしているが、多くはこうしたオーダーメイドで扇を作っている。

能楽の扇については、扇面の図柄や用い方の決まりなどが多くあり、一冊の本ができるほど奥が深い。以降は、ものづくり、モノとしての形に関わる部分を中心に書いていく。