―屋島(八島)―
勝修羅の随一は〈田村〉であろうが、内容が最も修羅物らしく、また曲の構成が最も定型的に出来ているのは〈屋島〉である。
修羅物の中でも勝修羅の前場には詩趣が深いことは前に言った。この曲の前シテは漁翁であるが、〈高砂〉などの尉とは違って、朝倉の面に水衣着流しといった物寂びた姿であり、まず冒頭の出からして屋島の景色が眼前に浮かんでくるように謡うべきである。
問答で旅僧に宿を貸すくだりなども、日が暮れていぶせき小屋に宿を求むる状景がまざまざと浮かみ出るように謡う。三番目の〈松風〉などにもこれに類する場面があるが、こんなところを何の心もなく謡うようではお話にならない。この問答の中で、都の人と聞いて宿の主の心が動くあたりには、昔をなつかしむ義経の心情がほのかに浸み出るように謡いたい。

そのあとの数々の戦さ語りも、春の夜の老人の懐旧談といった趣が出ないと前場の情趣に添わない。これを本物の義経のように武張って謡ってはいけないし、しかもそこに義経の化身らしい気品もほのみえなければならぬという、むつかしいところである。話の結末に波の音松風の音のみ寂しく残るというのも、修羅物らしい詩趣であるが、[ロンギ]で、春の夜もおぼろに姿を消して行くところにいたっては、まさに情趣あふるるものがある。