―通盛―
この曲も夫婦の恋情が戦場ロマンスとなっているが、主人公通盛は清経と違って、戦争に懐疑を持たず勇敢に戦って討死した点が修羅物の本格らしく見える。
前場はそれ自身の景趣が画になり詩になっている。夏の夜の海浜、岩の上で読経する僧、その蔭にかがり火を焚いた舟を寄せる老漁夫と若い海女、この景情が謡い現わせれば巧い。いうまでもなく舟の二人は通盛と小宰相の局の化身である。

後場も二人が相携えて本体を現わす。シテは公達風の軍装、ツレは美しい唐織姿という花のごとき夫婦であって、その出現には特に太鼓がはいる。名乗をあげるとすぐ戦さ語りに移る。この曲は出陣の間際に夫婦別離の酒を汲むという情緒の濃やかさを見せるところに異色があるが、そのあとは型どおりの修羅物である。
