能のお稽古に必須の「謡本」は誰がどのように作っているのか?

稽古本と床本

話は少しそれるが、他の伝統芸能の稽古用の本についても気になり、プロの義太夫実演者にヒアリングをしてみた。義太夫の本は「稽古本」(B5くらい)と、本番の舞台で使う「(ゆか)(ほん)」(A4くらい)の二種類がある。

床本は、かつてはそれを書くことを職業にしていた人がいたそうで、当時はそういう人に頼んだり、自分で書いたり、あるいは師匠や先輩から受け継いだりしたとのこと。

稽古本は、昔は能の謡本と同じように販売されていたが、現在は出版されていないという。理由は明快で、採算がとれないからだ。このため稽古本は貴重品とされている。使う人が少なくなると、商売として成り立たなくなり、手に入らなくなるということを私たちもしっかり認識しておかなくてはならない。

さまざまな小さな道具

話をまた謡本に戻そう。謡本を作る際には、さまざまな小さな道具や用具が必要だ。私たちが見慣れないものもあり、紙の束を紐で縛る補助をする「四つまた」という木製の道具もあった。

このような道具や糸、角裂の布などの材料がそろう体制が維持できないと、質の高い謡本を作り続けることはできない。

さて、できあがった謡本は、亀有の作業場から車にのせられて、神田小川町の檜書店に届けられる(水谷家には大型犬のラブラドールがいて、一緒に納品にやってくる)。

このような道のりを経た謡本がみなさんの手元にある。再び、謡本を眺めていただくと、また違った心持ちになるのではないだろうか。

謡本には、人の手が時間をかけて作ったあたたかみがある。そしてその独特な形は、モノとしての魅力も充分にあるように感じる。一般書籍と比べると少々値段が張るが、お稽古をしていない人も、能楽堂でパンフレットを買うように、謡本を買うというのも楽しいのではないかと思う。

謡本は能にとって必需品。これからも末永く謡本が作り続けられるよう、販売にもさまざまな工夫がされることに期待したい。

(『観世』2016年6月号掲載)