手に持つ造花は、枝が重要
ところで、造花はどのように調達しているのだろうか。東京には能の造花を専門で作る店もあるが、本田家では一般の造花を販売する店をあちこち巡り、要望に合った造花を買い求めているという。
造花を選ぶ際にどんな点を重視しているのか、演者が手に持つ枝物の造花についてたずねてみた。
「一番気になるのは枝の部分です。花はよくできていて合格点でも、枝がやわらかくて舞台には使えないということが多いですね。持ったときに、くにゃっとならないような程良い固さがあるか。それから、ある程度の長さも必要です。そうした条件をクリアしたものを探して歩きます。これが、なかなかないんですよ…」
〈芦刈〉で用いる「挟み草」の葉も苦労したそうだ。あちこち探し回ったが、よいものが見つからない。あきらめかけていた頃、散歩をしていたら偶然、造花の製作所をみつけた。小売りはやっていなかったが、ちょうどよいものがあったので事情を話して購入させてもらったという。
こうして苦心しながら、ひとつずつ道具を集めていくには理由がある。
「生け花に正面があるように、私たちが手にもつ花や葉も、ここをお客様のほうに見せたいという向きがあります。私たちは面をかけているので、思い通りの方向に向けられているか、目で確認することができません。このとき助けになるのが、枝の手触りです。自分の家に道具があれば練習する時からそれを使えますので、枝の微妙な手触りでどう持てば、どの向きになるかを覚えることができます。挟み草の棒も触ればわかる微妙な形の変化があり、草の向きが手でわかります。その日、初めて触るものではそうはいきません。普段使っているものであれば、安心して本番にのぞめます」
こうして話を聞いてみると、演じる人がよりよい舞台にするために細やかなこだわりをもって道具に向き合っていることがよくわかる。
草花の造花にもシテの心が宿っている。そういう気持ちで舞台を見ると、より深く曲を楽しめるのではないだろうか。
(取材・2022年11月28日/文と写真・田村民子)