奥深い能楽扇の世界〈その1:十松屋福井扇舗の歴史と扇の細部〉

能楽師にとって、もっとも身近な道具といえば、扇だろう。舞台の出演時は全員が携え、日ごろの稽古においても扇がなくてははじまらない。

扇は日本文化を象徴する道具でさまざまな分野で用いられるが、能楽の扇は最高峰の材料と技術で作られており「扇のなかの扇」と言われている。能楽の世界を映すように厳格な約束事を多く秘め、驚くほど種類が多い。長い伝統を持つ能楽の扇。そのものづくりを愚直に守り作り続けているのが、京都に店を構える十松屋とまつや福井ふくい扇舗せんぽだ。能楽の扇には、どのような決まり事があるのか。それをどう作っているのか。社長の福井芳宏さんに話を聞いた。

鎮め扇(仕舞扇)
十松屋福井扇舗 12代目社長の福井芳宏さん(三条の店舗にて)

これから能楽の扇について紹介していくが、一般の生活で使われる「涼をとるための扇(=夏扇子なつせんす)」との違いについてちょっと触れておきたい。夏扇子は暑い季節にあおいで使うもので、洋服を買うように自分の好みのものを自由に選んで買う。

一方、能の扇には厳格な決まりがあり、それに従って用いる。扇は小道具の一種であるが、笠や数珠などのように具体的なモノを表す道具とは性格が異なり抽象性が高く、威儀を表す意味合いが大きい。また、能楽師の所属を示す印のような役割も持っている。たとえば、観世流に所属する人は、観世流のきまり扇というものがあるので、他の流派の扇は用いない。

場面による使い分けの約束事もある。シテ方でみると、能の登場人物として出演するときと、地謡として舞台に座るときでは、異なる形式の扇を使う。