奥深い能楽扇の世界〈その2:中啓と鎮め扇〉

中啓の形と種類

中啓について、もう少し詳しくみていこう。能の登場人物のうちシテ方、ワキ方の多くは舞台に出るときに中啓を持つ(素襖すおう上下かみしも出立の人物に限り鎮め扇を持つ)。中啓の骨の数は、親骨と中骨を合わせて15本。親骨の長さは一尺一寸五分(約35センチ)である。中啓の骨の形は流派による違いはないが、唯一、宝生流だけが異なり、長さは一尺一寸(約33センチ)である(ただし伝来の品や古い中啓はこの範疇にない)。

一尺=約30.3センチ

一寸=約3センチ

一分=約3ミリ

骨の色は、黒く染めた「黒骨(黒塗)」と竹の素地がそのまま見える「白骨」がある。女性の役や王朝の男性の役は黒骨を用い、翁や神、尉、男性の役は白骨を使う。

ちょっと新鮮に感じたのは、お稽古用の中啓もあるということ。考えてみれば、ふだん使う鎮め扇と比べ、中啓は形やサイズも異なり、持った感触も随分違う。面をかけ、装束をつけて持ったときに、扇がどのような角度になっているかなど、実際に中啓を持って稽古をしないとわからないこともあるだろう。そうした稽古用の道具もきちんと作られている、ということは能楽にとってとても大事なことのように感じる。

左:宝生流の中啓(稽古用) 右:宝生流以外の中啓

中啓の扇面に描かれる模様については、大別すると墨絵と彩色画がある。その図案は多種多様で流派によって名称が異なるものもあるので詳述しないが、鑑賞の手がかりにもなるので「つま」についてだけ説明しておく。

彩色画の場合、扇面の左右の隅を雲形に色を塗ってあり、その部分を「褄」と呼ぶ(下の写真の丸囲み部分)。褄が赤いものを褄紅つまべに朱褄しゅづま)、青いものを褄紺つまこんという。さらに描かれた模様の色調が、赤が目立つものを「色入いろいり(紅入いろいり)」、青いものを「色無いろなし(紅無いろなし)」と称し、扇を持つ役によって使い分けられる。この使い分けは、能装束も同じである。

褄紅の中啓(黒骨)