奥深い能楽扇の世界〈その2:中啓と鎮め扇〉

鎮め扇の形と種類

次に鎮め扇についてみていくが、能楽の鎮め扇はどのくらいの種類があるかおわかりだろうか。シテ方でお稽古している人なら、流派ごとに決まり扇があることを知っているだろうから、5種類あるというのは想像がつくと思う。でも、実際にはもっとある。

福井さんにたずねると、くうを見つめて考え込まれた。作り手がぱっと言えないくらい、複雑に作り分けているのだ。

シテ方5流、ワキ方3流、狂言方2流、笛方3流、小鼓方4流、大鼓方5流、太鼓方2流。それに加えて囃子方の流儀によっては、男女で寸法も異なるという。つまり「流儀の数だけ扇の種類がある」のだ。

シテ方の鎮め扇にしても、扇面の図案が異なるだけでなく、骨の形や長さ、扇面の紙の大きさなどにも規定があり、それらの約束事を守って細かく作り分けている。さらに一般の人は目にすることはない免状の役割を果たすような扇、能〈望月〉の頭につける専用の扇など特殊な扇もある。この複雑な約束事のすべてを守って、商売として成り立たせながら扇を作る。これはなかなか大変な仕事である。

様々な流儀の鎮め扇

シテ方五流の鎮め扇を5本並べて見せてもらった。骨は竹の素地の色をそのまま生かした「白骨」で、親骨2本、中骨8本と大まかな構造は共通している。だが、細部にそれぞれ特色があって同じものはひとつとしてない。写真では、さほど差はないように見えるかもしれないが実物を見て、そして触って開く所作をしてみるとずいぶん違う。

シテ方五流の鎮め扇。左から観世流、宝生流、金春流、金剛流、喜多流

筆者は観世流の鎮め扇を持っておりそれになじんでいるが、たとえば喜多流の扇をみると、親骨の長さが短く、そして地紙の丈も短い。全体として小さい印象を受けた。そして開くときには扇の緘尻の部分を手のひらに当て、そこを支点にして広げていくが、丸みがあってふっくらした観世流の扇に比べると、喜多流の緘尻はとがっていて、握った感覚はかなり違った。

左:観世流の鎮め扇 右:喜多流の鎮め扇

では、シテ方五流の鎮め扇を比較しながらみていこう。

まず、親骨の長さは、観世流、金春流、金剛流は一尺一寸(約33センチ)。宝生流と喜多流は一尺五分(約32センチ)。金春流は、昔は一尺五分が定寸だったこともあり、昔のサイズを使う人もいるとのこと。

親骨の形に注目すると、観世流のみ「肩」があり、中啓と同じ「三つ彫り」の透かし彫りが施されている。そして先にも述べたように緘尻の形状や、束ねた扇骨の「顔」と呼ばれる部分の形も五流すべて異なっている。

鎮め扇の緘尻。左から観世流、宝生流、金春流、金剛流、喜多流
五流決まり扇の比較