役者と職人の信頼関係から作られる質の高い組紐

刺高数珠を作る

能の数珠には、僧数珠、(いら)(たか)数珠、水晶数珠がある。ちょうど、裕之さんが〈安宅〉のシテ・弁慶のための刺高数珠(写真11)を製作していたので、詳しく話をうかがった。数珠の形はおおよその決まりがあるが、色や寸法などは使う人の好みがある。

まずは、その要望を丁寧に聞き出すところからはじまる。玉の部分は(こく)(たん)という種類の木で作られるが、玉の形や木の肌がそのまま出る「素引き」にするか、光沢のある「塗り」にするかなども使う人の好み。詳細が決まったところで、裕之さんが玉を作る職人に発注する。裕之さんは紐や房を作り、全体の形を整えるところを受け持つ。玉をつないでいく紐は撚り紐(玉を通すと紐の部分は見えなくなる)、見えている紐の部分は組紐(四つ打ち)、立派な四つの房は、撚り房だ。

全体を組み上げる際に大切なのは、玉を組む加減。玉をきつめに詰めると数珠の輪が張りのある丸い形となる。逆に紐を長くしてゆるめに詰めると、しだれた形となり持った感じがやわらかくなる。同じ刺高数珠でも、シテとワキでは形や玉の数が違っており、ワキはシャラシャラと玉を擦り合わせて音を出すので、やわらかさがなくては使えない(「道成寺」のワキなど)。一方シテは音を出す動作はなく、手に持っていることが多いので、張りがしっかりした形であることを望まれる場合が多いようだ。

11. 刺高数珠
12. 製作前の刺高数珠のパーツと刺高数珠

使い手と作り手のコミュニケーション

裕之さんは「本末転倒ですが、能の舞台を見ていると、つい紐類に目がいってしまいます」と笑いながら打ち明けてくれた。裕之さんのお仕事は、オートクチュールのような一品製作。道具にこだわりを持った役者が、ここはこうして欲しい、あそこはこうやって欲しい、とたくさんの要望をかかえて依頼をしているようだ。それに精一杯応えようと、裕之さんも神経を使いながら仕事をしている。

色については注文が多いようだが、困ったことに糸を専門とする染色職人が減っている。裕之さん自身が染める場合でも、染め粉の色の種類が減ってきており、思い通りの色を染めるには以前よりも時間と手間がかかっているとのこと。裕之さんの背後の状況がだんだんと厳しくなっていることがうかがえた。こうした難しい課題もあるが、道具を使う人と作る人が信頼関係を築き、コミュニケーションを多くとることで、乗り越えられる部分もあるかと思う。これからの時代、質の高い道具を作るためには、より一層、使う人と作る人の協力が必要になるのではないだろうか。

(『観世』2016年12月号掲載)