能楽専門の袴を作り続ける老舗のものづくり【後編】

素人が仕舞袴を作るには

さてここからは玄人の世界から離れて、能や狂言のお稽古をしている素人の袴の話に移る。もちやでは、素人のための袴も多く手がけている。

素人は発表会(素人会)で着用するために袴を新調することが多い。大きな傾向として、男性は玄人と同じような縞の袴。女性は無地が多く、曲に合わせて暖色や寒色、ベージュ系などさまざまな色みの袴をはいているようだ。

宝生能楽堂内のもちや売店に立つ阿部澄美代さんによると、素人会に出演するために袴をつくる際は、習っている先生のご意向を確認しておくとよいという。あまり派手な色はよろしくないというお考えの先生もいれば、逆に素人は派手なほうがいいといわれる先生もいらっしゃるという。袴を作ろうと思ったら、まず先生に相談をしてみることをおすすめする。

好きな袴を作ってよいということであれば、自分が自由に選んで作ることになる。さて、最初の一枚はどのようなものがいいのか。これには、佐藤さんも阿部さんも、「上に合わせる着物がどんな色でも合わせやすいベージュ系がおすすめ」とのことだった。

袴の発注の方法は、主に以下の3つある。

(1)宝生能楽堂内のもちやの店舗を訪問する。

(2)両国のもちやの事務所に電話をする。

(3)お稽古している能楽師の先生を通して注文する。

(3)の場合は、先生が取引している店で作ることになる場合が多い。ちなみに筆者は、(3)のパターン。筆者自身が店を選ぶということはなく、紐下寸法とだいたいの色の好みを伝え、後はすべて先生にお任せしたところ、もちやの袴が手元に届いた。

ではほかの場合は、どのような流れになるのか詳しくお伝えしていこう。

まず、(1)宝生能楽堂内のもちやの店舗を訪問する について。

宝生能楽堂の売店を担当する阿部澄美代さん

初めて袴を作る人は、売店で阿部さんに相談にのってもらい注文するのがおすすめだ。売店営業日については、宝生能楽堂の公演情報をネットなどで検索し、能楽堂で公演がある日を調べる。公演がある日時がすなわち売店がオープンしている日時となる。公演のチケットをもっていなくても、能楽堂の入り口で「もちやさんに用事があります」と言えば、売店のところまで入れてもらえるので、ご安心を。

宝生能楽堂の公演情報はこちら

阿部さんは、この仕事について約13年。観世流で謡のお稽古もしている。観世能楽堂が渋谷の松濤にあった時代は、能楽堂内にもちやの売店があり、阿部さんは観世能楽堂を担当していたそうだ。

「観世流と宝生流は、謡もずいぶん違うので聴き比べてみると、とてもおもしろいです。松濤の売店では色々と思い出があります。お稽古をしているお素人さんも多く、公演の休憩時間のロビーも活気がありました。地方からいらしたお客様が袴をよく注文してくださり、休憩時間の売店はけっこう忙しかったです。それから、以前は東中野の梅若能楽学院会館の中にももちやの売店がありました。」

売店では、袴の生地のほか袴をつけるときの専用の帯「袴下帯」も販売されている。気になる生地や帯があったら、気軽に声をかけて欲しいと阿部さんは言う。

「見せてもらったから買わなくちゃいけないなど、思わなくていいんですよ。反物の色は必ず広げて見て確認してください。面積が広いと色の印象もずいぶん変わります。どんどん指をさして、『これが見たい。あれが見たい』と言ってくださいね」

袴を作る、と決めたら売店で採寸をしてもらうこともできる。気になるお値段だが、正絹の仕立て上がりの主流は、15万8千円。納期はだいたい1ヶ月。ただし、素人会が近づいているなど急ぐ場合は、可能な限り対応してくれるとのことだった。

次に(2)両国のもちやの事務所に電話をする について。

売店までは遠くて行けない、という人は、こちらがおすすめ。

もちや事務所の電話番号 ☎ 03-3632-2629

対応可能の時間は、朝8時から夜9時ごろで、平日だけでなく土日も大丈夫だという。電話で「袴を作りたい」とざっくばらんに相談すれば、親切に教えてくれるはずだ。

布の色については、希望の色を伝えると候補になりそうな色の小さな布を郵送で送ってもらえる(返却不要)。

「もしも赤っぽい色をご希望ならば、赤系統の反物をみつくろって何種類か色見本をお送りします。そもそもどんな色にしたらいいのか悩まれている方も、相談に乗りますから気軽にご相談ください」