後場はがらりと趣が変わって動的な舞の世界となる。そこに現われたありし日の有常の娘その人は、業平の形見の直衣(長絹)に初冠をいただいた優艶極まりなき姿であるが、まず舞台常座で「徒なりと名にこそ立てれ桜花」云々と謡い出し、最後に「恥かしや昔男に移り舞、雪を廻らす花の袖」と謡が切れて舞に入る。舞のあともなお舞の動きは継続するが、「男なりけり業平の面影」にいたって、薄をかき分け板井の水に映るわが姿を見入って恋人の面影を思い起すあたり、濃艶の情趣滴るばかりであるが、やがて夜の明くるとともに、美しい亡霊の姿は旅僧の夢裡から寂しく消えて行くのであった。
三番目物は、前にも言ったように、ただ漠然と女性の美を楽しましむるだけのものではない。ひとしく美人といっても、それぞれの曲に人間の個性が描き分けられている。それは謡文を読んだだけではわからないが、伊勢物語、源氏物語といったような原本に記述されているのである。能のテキストは謡文だけではなく、物語の類も合せたものだと考えてよい。だから一見美辞麗句の羅列のごとく感ぜられる三番目物にも劇があり、ストーリーがあって、それによって細かい人間の個性が描かれているのである。
しかし三番目物は、全部を引っくるめて内容上の特色を指摘することは困難であるから、脇能、修羅物といったように、はっきりした種目の名称を附することができない。昔から「鬘物」という女の髪に因んだ名称があるが、これには後述のごとき狂女の類も包含されるのみならず、三番目物の中には〈遊行柳〉のような男性の曲も若干あるから、種目の名称としては適当でない。そこでこの類の総称としては、「三番目物」という演能順の名称が用いられている。
