三、三番目物
個々の曲趣はいろいろ違っていても、これを大きくつかんでみると、脇能は脇能、修羅物は修羅物と、それぞれの特色を認識することができるのと同様に、三番目物は三番目物で、全部の曲を引っくるめて一つのまとまった情緒といったものがある。
若干の例外を除き、三番目物は主として夢幻人の女性を描いている。それも歴史上あるいは物語の類で有名な人たちで、身分が高くかつ美しい女性が多い。能の技術を通して表現される対象の中で、芸術的に最も高く評価されるものは実にこうした女性の美である。能はこれを舞台の上で最も長く見せるためにテンポの静かな〔序ノ舞〕をまわせることとしている。三番目——美人——〔序ノ舞〕の三つはほとんど不可分といってもよく、われわれはその一つを聞けば他の二つも同時に頭に響いてくるほどのものである。
能の女性は、ただ美しいとか濃艶とかいうのではなく、その美しさにはものの哀れといった幽玄の趣が添っている。女性の美はどんな演劇でも表現できるが、そこに幽玄の詩趣を感受させるものは能のほかにない。能の詩は他の曲にもたくさんあるが、三番目の美人の曲は、人物の容姿なり風格が無条件に詩として受け入れられるのである。全曲ただもう女性によってかもし出される静かに美しい情調に浸らしむるものである。
三番目物の情緒は能の極致といってもよいから、解説に代えて、ここに一つ〈井筒〉の舞台面を展開させてみよう。
まず前場からいうと、もの寂しい秋の夕、訪う人もない古寺にひとりの旅僧がおとずれると、そこに若女——唐織姿の美人が現われて、手にした木の葉をおいて古塚の前に懇ろに合掌する。それは長い星霜を経た今もなお夫を恋うる紀の有常の娘の化身であった。そこにはひとむらの薄生いたる井筒があり、四囲の景色は草茫々露深々と荒れ果てている。女はなおも筒井筒振分髮の昔からの業平との情事を語り、ついにその名を明かして井筒の陰に姿を消すのである。前場はそうした、いとも物静かな詩の世界である。
